昔から動物は人間の都合によって振り回されて来ました。毛・皮・牙などの売買目的による乱獲、自然破壊による生息地の略奪、生態系バランスの崩壊となる外来種の投入、といった行為で中には絶滅した動物もいます。今回ご紹介する上野動物園の悲劇も人間に振り回された動物たちの話です。若い世代の方は初耳かもしれませんが、実際にあった話です。この話を題材にした漫画や絵本、ドラマや映画もありました。私自身この話を聞くと、何故か井の頭自然文化園のはな子を思い出します。彼女もまた人間に振り回されて生涯を終えたので、何処か同じ事のようにも思えます。はな子の話はさておき、上野動物園では何が起こったのでしょうか。これからピッキュウが解説します。

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上野動物園の悲劇とは

今から74年前の1943年(昭和18年)に上野動物園で起きた戦時猛獣処分の事で、14種27頭の動物が殺処分されました。

動物殺処分の経緯

昭和16年の7月に政府は「動物園非常処置要網」を作成しました。これは非常事態に備えた猛獣対策で、動物の危険度に応じて対処する措置です。硝酸ストリキ二ーネや青酸カリといった薬殺方法が主で、やむを得ない場合は銃殺するという内容でした。正式に決定したのは昭和18年の8月16日で、東京都長官(現在の都知事)の大達茂雄氏の命令によって翌日から殺処分が始まりました。

殺処分された動物たち

8月17日から実行された殺処分ですが、気性の荒い象のジョンだけは8月11日に処分が決定していて、8月13日から絶食状態でした。他にも2頭の象トンキー、ワンリーがいましたが、いずれも絶食状態にして計3頭の象が餓死しました。処分を受けた動物は他にライオン、ヒョウ各3頭、クロヒョウ、ツキノワグマ、ホクマンヒグマ、チョウセンヒグマ、シロクマ、アメリカヤギュウ各2頭、トラ、チーター、ヒョウの子供、マレーグマ、ニシキヘビ、ガラガラヘビ各1頭です。多くの動物は薬殺でしたが、致死量に至らないものや投与を拒むものもいて、絞殺や撲殺、槍で刺殺といった方法も取られました。

東京都長官の決断の背景

大達茂雄氏の決定理由は“空襲による猛獣たちの脱走で人間に危害を加えない為”としていますが、この他にもあります。就任前の大達氏は日本占領下のシンガポール市長を努めており、戦況が悪化している事も分かっていました。その頃日本国内はまだ勝ち戦感覚でした。大達氏は日本にもっと危機感を分かって欲しかったのでしょう。“勝ち戦と思い戦争の怖さも知らない国民に自覚させるため”動物を処分する事が、いかに状況が悪いかを理解してもらう為でもありました。この他にも動物の疎開を却下するという措置も行われています。

さいごに

当時の上野動物園園長だった古賀忠道氏が残された「動物園は平和なり」という言葉があります。これは動物園が平和という事ではなく、“平和の象徴である動物園がずっとあり続ける様な国であって欲しい”といった想いがこもった言葉です。この言葉を聞いて思い出すのが,ジョン・レノンの“Imagine”です。皆さんもこの言葉、この唄を思い出してみて下さい。