その1
その2
その3
その4
その5

その6

パディントンが我が家にやってきて、早1年が経とうとしています。その頃になると彼は子犬の時期を卒業し、既に“お兄ちゃん犬”の時期に移りつつありました。身体も逞しくなり、また色々な知恵を獲得すると共に家族の一員としての自覚(?)も身に着けてきました。例えば、食餌は妻が拵(こしら)える“特製のオジヤ”、1日の食事は“朝昼晩の3回”、大好きなお散歩は“朝夕の2回”、それから夜の就寝は“布団の中への無断侵入”等々です。
ただ、そんな一面があるにも拘らず、パディントンは不思議なぐらい“芸をしない犬”でした。私の思い込みかも知れませんが、トイプードルは“賢い犬種”だと聞いていたので、こともなしに『お座り』、『お手』、『お替り』くらいの芸はするものだと思っていました。彼はこれまで“食べること”、“遊ぶこと”、“寝ること”に関しては、悉(ことごと)く『自己主張』を通してきた訳ですから、私たちが心配するほど“学習能力が劣っている”のではなく、端(はな)から“芸を覚える意志がない”のだと考えていました。一般的にプードルという犬種は、『利発』である反面『頑固』だともいわれていますので、それが彼流のスタイルであり強いて言えば、きっと彼が両親から引き継いだ『DNA』のなせる業なのだと思います。

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ついたあだ名は?

パディントンにご飯を上げる時、妻は一連の流れで“お座り”、“お手”、“お替り”とお決まりのフレーズの声掛けをしていました。一方のパディントンも馴れたもので、素知らぬ顔で妻の声掛けを聞き流す有様です。ある日の夕食時のことでした。いつも通り家族全員で食事を始めると、何を思ったか娘が“特性オジヤ”の入った彼のお皿を取り上げたのです。徐(おもむろ)に食事をしようとしていたパディントンには、一瞬何が起こったか理解できる筈もありませんでしたが、娘から可なり厳しい叱責を受けたのです。

その時の叱責の言葉は正確に記憶していませんが、要約すると“ご飯を食べる時は、ちゃんと頂きますと言いなさい!”という趣旨でした。その時のパディントンの様子は、背筋をピンと伸ばした“お座りポーズ”で娘の顔を覗き込み、如何にも“はい判りました”と答えたように見えました。娘がお皿を元に戻して“お手”と“お替り”の声を掛けると、一旦立ち上がってからいとも簡単に一連の流れに乗って“お決まりの動作”を実行したのです。その出来事は僅か1~2分のことでしたが、パディントンも何か感じることがあったのか、その1件以降彼は食事を貰う時だけは“一連の儀式”をするようになりました。

後で聞いた話ですが、“お母さん。パディントンにお話しする時は、ちゃんと目を見て言わなきゃだめだよ!”と、妻も娘に注意を受けたそうです。そんなことがあって、ようやくパディントンは1年掛かりで“食事のマナー”を覚えましたが、それ以外の芸を終に会得することはありませんでした。もし彼が聞いたら気を悪くしたかも知れませんが、我が家の中では彼のことを密かに『無芸大食犬』と呼んでいました。

リードかじりの術(じゅつ)

パディントンが1歳過ぎた頃には段々と散歩の距離が延びて行き、一旦家を出ると1時間以上歩き回るようになっていました。途中で駆けっこすることもあるので、距離にすると4km近く散歩することがあったようです。毎日付き合わされる妻にとっては、さぞかし心身の負担が大きかったと思います。そのため、妻は歩く速度をできるだけ落として、時間を掛けて短い距離をゆっくり歩くように工夫していたようです。散歩の苦労話が出た序(ついで)に、妻が少し気になることをいいました。それは、パディントンがリードを力強く引っ張るので“喉が締まって苦しそう”という話でした。そんなことから彼の1歳の誕生祝いとして、ハーネス式のリードを買って上げることにしました。

私は妻の負担軽減のため、休みの日はできるだけパディントンの散歩に付き合うようにしていました。新しく買ったハーネス式のリードを始めて付けた散歩の日のことでした。家を出て直ぐのこと、妻の言っている“ぐいぐい引っ張る強さ”を体験しました。こんな小さな体の何処にそんな力があるのだろうと思うほど、物凄い勢いで前へ進もうとしますので、これでは妻が苦労するのは当たり前だと心底思いました。そこで、私はリードをできるだけ短く持ってパディントンの動きを制御しようとすると、下から私の目を覗き込むような素振りを見せますが、目を合わさないようにリードを引っ張り続けました。そうすると腕が付かれますが、随分大人しく歩くようになったのです。その体験談を妻にしたところ、1週間ほど“目を合わせずリードを短く持つこと”を続けると、散歩中の行儀が随分良くなったようでした。

しかし、今度はパディントンが“妙な行動”をとるという話なのです。妙な行動とは、短く持った“リードをかじって引っ張る仕草”のことです。恐らく、散歩中に妻がパディントンに話しかけなくなったため、リードをかじることで妻の関心を引き付けようという作戦だったのかも知れません。私はその話を聞いて“色々考えるものだ”と感心しましたが、パディントンの挑発に乗ると思うツボにはまるので、妻もひたすら無視して“彼と目を合わせない”ように我慢していたようです。

むすび

今まではリードを目一杯に長く持ち、時折振り返るパディントンに話しかけながら散歩していましたが、そのスタイルを一切止めてリードを短く引き付け、寡黙に散歩するスタイルに替えることで私たち夫婦とパディントンが徐々に散歩のマナーを身に着けて行きました。ただ、彼にはその散歩スタイルが気に入らなかったようで、時々思い出したように“リードかじりの術”を仕掛けて挑発してきました。