地域の人たちの何らかのサポートを得ながらそこで暮らしている猫たちも、特定の飼い主がいないという点では野良猫と何ら変わりはありません。それでは野良猫と地域猫の境界線はどこにあるのでしょうか。

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地域猫と野良猫:ボランティアにとって境界線はない?

猫にしてみると自分が産まれ育ったエリアに突然人間の手が入り、避妊去勢という恐い思いをさせられてその証として耳カットされる。けれども日々のご飯の心配からはちょっとだけ解放されるし、自分たちに注がれる人間の眼差しに悪意はないようだ…こんな感じなのかもしれません。人間にとって、彼らはもう少し個体として認識されており、色柄や模様から特定の名前を付けて識別したり、もう少し馴染みになると「名前」で呼んだりすることもあるでしょう。どんな形にせよ多少なりとも人間と何らかの関わりを持ち、個体として特定される、これが野良猫と地域猫の分かれ目だという気がします。

地域猫と野良猫:名前をもらう猫

「タマ」でも「トラ」でも、その個体を示す名前。ただの「猫」から、いつもご飯の時にやって来る「茶トラのおっとりさん」へ。この時、彼はただの「猫」から特定の「猫」へと変わります。たとえ人間の都合によって付けられた名前であっても、彼が他の何者でもない彼へと認識された証です。人間と多少なりとも関わりを持ち、誰かの特定の猫へと変わる時に彼らが最初にもらうのが、彼を特定する名前です。野良猫にご飯をあげているうちに、いつの間にか「うちの猫」になった…猫の入手先として一番多いパターンがこのケースですが、ただの猫が誰かの特別になった瞬間ではないでしょうか。

地域猫と野良猫:それでも人との接触を避ける猫もいる

とは言え、人間と必要以上の接触を避ける猫もいます。彼らの心の内は残念ながら分かりませんが、その距離感を保ちながら遠くから見守ることになります。過去に人間によって捨てられた、虐待された、恐い思いをさせられた。飼い猫でも一定の距離感を置くことがありますから、この距離感をキープしつつ遠くから見守るというスタンスを維持していく必要があります。人間とベッタリの生活が良いか、ある程度の自主性が許される外での生活が良いか、猫自身がどう考えているのかは分かりません。けれども人間が動物との触れ合いの中で愛情を育てていくように、猫も特定の存在と心を通わせ、愛情を与えてくれる生き物です。地域猫という存在は、そのことを教えてくれる入り口のようなものなのかもしれません。