犬や猫の殺処分ゼロを目指そうと考える時、まず保健所へ持ち込まれる数を減らすことが第一義的な課題になります。「保健所へ持ち込まずに里親を探す」「保護団体の協力を仰ぐ」等色々な選択肢が考えられる中、「そして地域全体で見守っていく」という方法もあります。これが「地域猫」という選択肢です。

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地域猫は野良猫だけれど野良猫ではない

地域猫がどこから来たのか、その始まりは分かりません。けれども自分たちが住んでいるコミュニティの片隅に、ひっそりと猫が暮らすテリトリーが必ずあるはずです。
谷中墓地や猫島とは言わないまでも、近所の公園や神社の中、住宅地の一画など、時には商店街や釣り場をテリトリーとする猫もいるかもしれません。
地域猫はその地域やテリトリーを寝ぐらとして、そこで活動しています。野良猫との違いは多くの場合その近隣に住む人たちやボランティアによってある程度のケアを受けていることです。
食事や水という生きていくために必要なものから、糞尿の掃除、怪我をした時の治療など、様々な立場にある人たちの協力によって人と猫が共存しています。もちろん避妊去勢は必須です。

地域猫の問題点

こうした活動は一人によって営まれるのが難しく、どうしても地域全体の協力や理解が必要になります。最初は一人で行動を起こしたのだとしても、仲間の協力なしに活動を続けていくのは困難です。糞尿や餌場に対する苦情や荒らされる作物、猫が嫌いな人に対するお願いなど、多くの時間とエネルギーが要求されます。
また「あそこに捨てれば何とかなるだろう」という安易な考えから、新たに増えていく猫への対処も課題となります。メディアで「猫と出会える場所」などと報道されることがありますが、その陰にはこうした地道な活動があるのです。

野良猫がいない風景を想像できますか?

昨今言われる猫ブームにより、こうした猫たちとの出会いを楽しむ機会もあるでしょう。路地裏をあるいていて、ひょっこりと猫と鉢合わせする。神社にお参りに行ったら、賽銭箱の上でくつろぐ猫に遭遇する。こうした出会いを楽しむためには、人間の側に彼らの存在を受け入れられる心の余裕が必要です。彼らの存在は、私たち人間の心が荒んでいないかを推し量るバロメーターのようなものなのかもしれませんね。

ペットよりも、より適度な距離感のある自然な関係

生まれた時から野良の猫、人間によって遺棄されてしまった猫など、彼らの生い立ちは様々です。自由気ままに生きているように見える彼らですが、生き抜いていくことは時に苛酷です。病気や怪我により、命を落とすこともあります。
人間の下で暮らす猫の寿命は15年前後ですが、外で暮らす彼らの寿命は4-5年くらい。
それでも地域のサポートがあれば、生きていくために食べる心配の幾ばくかは軽減できるのです。
彼らを地域で見守っていこうという試みも、殺処分ゼロを目指す動き同様、昔から続けられてきたものです。しかし猫ブームが新たな光を充ててくれたのも事実です。
このブームを地に足が付いたものとするためにも、この社会の片隅で同じ時を共に生きる彼らへ暖かい眼差しが注がれることを願っています。
彼らが心地良く生きられる世界は、結局人間にとっても心地良い世界なのだと言えるでしょうから。