その1
その2
その3
その4
その5
その6

その7

パディントンが我が家にやって来て、もうじき2度目の正月を迎える頃になりました。勿論彼にとっては、お正月といっても『お節料理』が食べられる訳でなく、また『お年玉』がもらえる訳でもないので取り立てて楽しい筈もありません。その頃、私たち夫婦は3年振りに私の故郷(札幌)に帰省しようと考えていたので、パディントンの身柄をどうするか悩んでいました。二男と娘は“寒いから嫌だ!”といって端から同行する気がなく、娘が“パディントンの面倒を見るから置いて行きなよ”といってくれていました。色々と悩んだ末にパディントンと一緒に行くことに決めましたが、その理由は“雪の世界を見せてやろう”と思ったことでした。私たちが住んでいる地域では雪が積もることは無いので、“どんな反応をするのか”に興味が湧いたのです。

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快適な空の旅?

12月29日の朝、生れて始めてケージに入ったパディントンを携え、湘南電車(東海道線)に乗って横浜でバスに乗り換え、やっとのことで羽田空港に到着しました。長時間狭いケージに閉じ込められていたパディントンですが、不思議なほどおとなしかったのには驚きました。少し時間に余裕があったのでロビーの外に出て少し散歩させましたが、やはり周りの光景が何時もと様子が違うので落ち着かないようでした。手荷物カウンターでパディントンを預ける際、女性職員に“空の上では寒くないのですか?”と聞きましたが、“心配ありません”との返事だったので安心しました。約2.5時間後、千歳空港(現新千歳空港)でパディントンと再会しケージを開けて顔を覗きましたが、乗り物酔いした様子もなく元気だったので一安心しました。私の父はパディントンの顔を見ると息子夫婦のことはそっちのけで、丸で孫でも帰って来たかのように喜んでくれました。彼もお爺ちゃん(父)のことがとても気に入ったようでした。冬に帰省する機会は殆どなかったので殊の外寒さが身に応えましたが、家に中は丸で真夏のような温かさです。やっと狭いケージから解放されたパディントンは、疲れを覚えたのかストーブの傍で気持ちよさそうに転寝(うたたね)を始めました。

その翌朝、私と妻は所要があったので外出することにしました。父に“パディントンにオシッコさせる時は必ずリードを付けて下さい”とお願いして出掛けました。2時間ほどして帰った時は、何事もなかったようにパディントンは転寝をしていましたが、実は大変なことが起こっていたそうです。私たちが出掛けた30分くらい後に、父がパディントンにオシッコをさせようとして居間の戸を放ち彼をテラスに出したところ、雪に埋もれたテラスを飛び越えて何処かに足り去ってしまったそうです。父は大慌てで玄関に回って外に飛び出したところ、家から50mくらい先の雪野原の中で正に“雪ウサギが飛び跳ねるように”遊んでいるのが見えたそうです。父は長靴を履いて雪を掻き分けて彼に近づくと、追いかけっこを楽しむように逃げ回り中々捕まらないので、半ば諦めて暫くじっと見ていたそうです。30分くらい雪遊びをしたら飽きたらしく、父の所に近づいてきたので“抱っこをして連れ帰った”とのことでした。父はまさか雪の中を逃走するとは思わなかったのでリードを付けなかったらしいのですが、その晩は心身共にほとほと疲れたらしく夕食後は早々に布団に入りました。

パディントンは“雪が嫌いじゃないらしい”と思ったので、3日目の朝に彼を連れて近くのスキー場に行くことにし、家に近くでタクシーを拾い一緒にスキーに出掛けました。スキー用具をレンタルしてリフトへ一直線です。始めは、足慣らしに彼を抱っこしたまま滑りましたが、慣れてきたので彼にもスキーを楽しんで貰おうと思いつきました。詰まり、私のスキー靴の前にパディントンを乗せて滑って見た訳です。少し慣れるまでは彼は何度かスキー板を踏み外しましたが、そのうちバランス感覚が掴めたのか右に左に器用に体重移動させ、本当に上手に滑るようになりました。勿論スピードは極ゆっくりしたものでしたが、周りの人からも喝采を浴び彼も得意げな顔をしているように感じました。因みに、私がこんなことを思い立ったのは、高校時代に『競技スキー』をやっていたからでしたが、パディントンと連れ立っての冬の札幌行きは、今でも記憶に残る思い出となりました。

かくれんぼ?

札幌から帰って暫くした頃、妻が“パディントンが時々いなくなっちゃうのよ”と言うのです。何のことか意味が分からなかったのですが、要するに妻が洗濯や掃除などの家事を終え彼に“お散歩に行こう”と声を掛けても、何処に居るのか暫く姿を見せないということらしいのです。不思議に思って1階と2回を往復していると何処からともなく現れ、廊下や階段の踊り場などで彼の“お座りポーズ”に出くわすとのことでした。その時の私は、妻の話を聞いても“パディントンがいなくなる”訳でもないので、疑問は残りましたが余り気に掛けていませんでした。

話は少し前後しますが、我が家は2階部分の面積の約半分を占めるLDK(居間、食堂、台所)は、『吹き抜け構造』にしていました。その関係で夏は涼しく冬は寒いので、寒い期間中は居間に『炬燵』を設えていました。答えは、パディントンの“かくれんぼの場所”は、炬燵の中だったのです。偶然にも炬燵から抜け出てくる様子を目の当たりにした妻は、呆気にとられたと同時に可笑しくて一人で大笑いしたそうです。私も妻からその話を聞いて“猫と炬燵”の取り合わせは何の変哲もありませんが、犬が炬燵に潜るという話は聞いた験(ため)しがありません。咄嗟に思いついたのは、“ストーブの傍で転寝をした”札幌での心地よかった快感が、きっと彼の記憶に刷り込まれていたのかも知れないと思いました。

その後も毎年冬になると、パディントンは“炬燵の中のかくれんぼ”を忘れることはありませんでしたが、彼にしたら狭い空間を好む犬の習性だったのかも知れません。その頃には、我が家で彼の『無芸大食犬』という渾名が話題になることはありませんでしたが、かくれんぼの1件があってから暫くの間、娘が陰で『炬燵犬』と呼んでいました。

むすび

パディントンがスキーをやったのは生涯1度きりでしたが、ほんの僅かな時間にも拘らず体重移動の感覚を会得したのは凄い運動能力だと感心しました。彼は子犬の頃からお兄さん犬のなった頃までに、強靭な肉体と驚異的な運動能力を獲得してきました。子犬の頃は娘から『無芸大食犬』と揶揄されていましたが、長じるに連れて少しずつ知性を身に着け賢さが垣間見られるようになっていきました。